「心の花」会員の歌集紹介のページです。2002年刊行の歌集から掲載しています。
(注:ふりがなは()でくくってあります。歌は自選5首です。)
2022年 |
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服部崇・第2歌集『新しい生活様式(あたらしいせいかつようしき)』 2022年6月11日 ながらみ書房 2400円 ・カマキリに食はれて終はる夏の日のあたまを去らずそれも人生 ・猫として生まれてをらばキタイスカヤ通りの裏を歩いてゐたか ・工作を失敗したる夜の更けてひとり眠りをむさぼるわれは ・目に見えぬなにかに触れてゐたらしいゆつくり酸化してゆく林檎 ・鴨川のデルタのうへのなつぞらをリリエンタール七世が飛ぶ https://www.nagarami.org /2022/06/11/服部崇歌集-新しい生活様式/ |
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2021年 |
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青木春枝 『青木春枝歌集(あおきはるえかしゅう)』(現代短歌文庫) 2021年9月10日 砂子屋書房 1800円 ・夕されば片栗の花翳りきてあえかなるさま片思ひに似る ・声あげず心にしまふ理不尽をざわめく海がしきりに煽る ・小さなる拘り捨てむ鮮やげる紅葉黄葉(もみぢもみぢ)のにほふ武蔵野 ・虫干しの部屋に絹の香漂ひて身に勢ひのありし日を恋ふ ・何事も正面きりて生きてこしひたすらなるは愚かしくもあり |
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児島昌恵・第1歌集『空の鈴(そらのすず)』 2021年9月10日 ながらみ書房 2400円 ・大鷹が振る鈍いろの空の鈴 バードサンクチュアリの夜明けに ・ゆりの木の花点るときひとつまた答へ解けゆく私の五月 ・てのひらに載せてみるなりまだ見ぬ子のファーストシューズは繭のしづけさ ・裁ち鋏研がれて戻ればおもむろに秋の空気のうごく気配す ・昏き森の使者の眼すずし子らの住むオレゴンの秋の庭の牡鹿の |
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奥村知世・第1歌集『工場(こうじょう)』 2021年6月9日 書肆侃侃房 1700円 ・女でも背中に腰に汗をかくごまかしきかぬ作業着の色 ・実験室の壁にこぶしの跡があり悔しい時にそっと重ねる ・鈍色のスクリューパーツをひとつずつブラシでこする子の歯のように ・夕暮れの砂場を掘れば少しずつ獣の手足になる息子たち ・教材として触られてカブトムシ脚を一本どこかに落とす |
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横山未来子・第6歌集『とく来りませ(とくきたりませ)』 2021年4月3日 砂子屋書房 3000円 ・水滴ののこる手に乗すみどりごのあたまほどなる白き花菜(くわさい)を ・石の匂ひ布の匂ひのしづみゐる部屋を巡ればひとつ世の過ぐ ・星明り強かりし世よただ一人のひとに呼びかく<疾(と)く来りませ> ・数へきれぬ音よりひとつ音を選り身に鳴らしをりひとは瞑りて ・厚き本の燃えがたければ羽のごとくひらきて置かる胸の上へと https://www.sunagoya.com/?pid=158419873 |
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2019年 |
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田中拓也・第4歌集『東京(とうけい)』 2019年9月30日 本阿弥書店 2700円 ・曾祖父と曾祖母の名を確かめる墓碑に積もりし雪を払いて ・砂にまみれ横たわるもの押し黙り暗き波打ち際にひしめく ・開墾の懇の一字を思いつつ山の斜面の草を刈りゆく ・江東の空の青さよ眩しさよ 明るさは常に寂しさを帯ぶ ・八十九年の人生長きか短きか分からなければ手を握るのみ http://www.honamisyoten.com |
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久保富紀子・第1歌集『旅行鞄(りょこうかばん)』 2019年3月18日 ながらみ書房 2500円 ・鳥になるチャンスはあったかもしれず私の中の進化の五叉路に ・暗やみに傘差し待てば草臥れたこころに停まる猫バスがある ・時刻表通りに電車の来ることに慣れすぎて駅よ淋しくないか ・旅行とは鞄に夢を詰めること温めていた「いつか」を孵し ・この馬車でわたしは帰って来たらしい暁闇(あかときやみ)に南瓜がごろり |
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『佐新書簡(さしんしょかん) 新村出宛佐佐木信綱書簡』佐佐木朋子編 2019年12月2日 2500円 <佐佐木信綱と新村出 1910年〜1963年 50年を超える交流> 下記のフォームからご注文いただけます https://forms.gle/gp8UucoDKaJAGPMu6 |
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谺佳久・第2歌集『夢幻歌伝(むげんかでん)』 2019年4月26日 ながらみ書房 2300円 ・やわらかき緑の命 山ひとつめぐれば籠の中にひしめく ・曼珠沙華燃ゆる野広し気がつけば失職の身を染められていた ・人間の屑のわたしが篝火の火屑きらめく星屑に酔う ・「時間です!」試験監督しつつ言うわれもかく死を告げらるるべし ・たらちねの母は庭より紫蘇を摘み手打ちの蕎麦に添えてくれたり |
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松森邦昭・第1歌集『花の影(はなのかげ)』
2019年2月5日 幻冬舎 1000円 ・浮く心なだめ鎮めて花の影一輪ごとに絵に写しゆく ・悦びを身体で舞いし踊り子が哀しみに落つ指の先から ・なにゆえにこの虚しさの兆しくる病癒えてしこの折りおりに ・誰もこぬ椅子に向かいて人を待つ秋の陽を受け背の温かし ・柿若葉あふるる光のまぶしさに葉陰にむかう翳り求めて |
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2018年 |
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鈴木陽美・第1歌集『スピーチ・バルーン』 2018年6月14日 ながらみ書房 2500円 ・鳥の切手花の切手を組み合わせ小さな個展の案内がくる ・たんぽぽの綿毛残らず風に飛び〈負ける勇気〉をおもう日曜 ・くさまくら旅の鞄は重すぎるいつか手ぶらで死にゆくものを ・がろんがろん腰に鳴る鐘(ベル)はずすとき父から山の匂い立ちたり ・明け方の夢のおわりはあるようなないような虹の脚に似ていて |
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本田一弘・第4歌集『あらがね』 2018年5月28日 ながらみ書房 2500円 ・やまばとのこゑにはじまり郭公のこゑに古典の授業終はりぬ ・歳晩の夜を嬬とゐて目に見えぬ雪のことばをふたり聴きをり ・さんぐわつじふいちにあらなくみちのくはサングワヅジフイヂニヂの儘なり ・福島に生(む)まれしわれはあらがねの土の産んだる言葉を耡(うな)ふ ・震災ののちに生まれしみどりごがもうすぐランドセルを背負(しよ)ふ春 |
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2017年 | |
服部崇・第1歌集『ドードー鳥の骨 – 巴里歌篇』 2017年9月19日 ながらみ書房 2500円 ・サンマルタン運河は夏のきらめきを注ぎて白き船を持ち上ぐ ・笛吹きが笛吹かずしてふふふふとわらひをさそふパリの祝日 ・二年目のパリの夜なれば驚かず青き火を噴くエッフェル塔よ ・行きつけのカフェの給仕と初めての握手を交はすテロの翌朝 ・道化師が片手をあげる逆立ちの姿のままで片手をあげる |
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2016年 | |
田中徹尾・第2歌集『芒種の地(ぼうしゅのち)』 2016年4月1日 ながらみ書房 2500円 ・腕時計して午睡するふたしかさ秋の空気が全身つつむ ・心証はかぎりなくクロ 海の名の酒でも出して自白を待つか ・たまさかに語気を強めて指示すれば翌朝休むと電話がありぬ ・遠つ人先ゆく雁は風をよみいのちをよみて翼ひろげる ・向き合えば嘘をつかざる大瓶のとっくり二本、三本たおす |
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2015年 | |
大野道夫・第5
歌集『秋意(しゅうい)』 2015年11月22日 本阿弥書店 2700円 ・「綱」の名の男らんらん現れて埋められてゆく親族の席 ・教科書へ書かれる「東日本大震災(しんさいめい)」よりも書かれることなき死者の名こそを ・相聞なき歌集は届き鉛筆で頬押すような夜のさみしさ 「適応しょう害とは適応させようとする側の障害でもあるはず」 ・病(やまい)こそ生の灯(あかし)よ消すのならマサコサマとう回文の笑みを ・コップ越しに青澄む世界亡き母の入れ歯洗浄剤を落とせば |
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倉石理恵・第1歌集『銀の魚 (ぎんのうお)』 2015年8月7日 ながらみ書房 2500円 ・夏の夜をふたりでおりぬ呼吸(いき)の間のしじまを銀の魚とびはねる ・沢水は冷たかりしか白黒の母の笑顔とキャラバンシューズ ・ちちのみの父ははそばの母若く基地の桜の下に逢いしを ・雷神も見惚れいるらん鐙摺(あぶずり)の夏至の夕暮れ雨後のむらさき ・夫は夫のわたしはわたしのデジカメで並び写せり渓底の水 |
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小木曽友編 『小木曽青壺 書・写真帖』 2015年7月17日 ブイツーソリューション 2160円 小木曽青壺(沢木あや子) ・河の面に花は流れて低く激しくラビ・シャンカールのシタール響く ・義之(てし)と読ませ義之(てし)と読みたる万葉びと手師王義之(おうぎし)の生命永き手 ・語る人こそ狂狷ならめ金文を彫るごとく書く白川静 ・香ぐわしき地名雲南に探し当つ香格裏拉(シャングリラ)また西双版納(シーサンパンナ) ・古生代は海なりしとぞ雲南の海の形見の石林あゆむ |
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横山未来子・第5歌集『午後の蝶(ごごのちょう)』 2015年9月9日 ふらんす堂 2000円 ・永遠の午後あるごとく橋脚に水面のあかりまつはりてをり ・あまたなる桜ねむらぬ夜の底わが足首に足首をのす ・水面の光(かげ)みだるれば七月の雨を知るらむ魚はしづみて ・雷鳴のごとしとながく聞きゐたる花火はとほき川照らすらむ ・をさなごの手をはなれたる風船はみづから昇りたれも触れえず |
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2014年 | |
本田一弘・第3歌集『磐梯(ばんだい)』 2014年11月1日 青磁社 2500円 ・みなづきは水の月なり濃みどりの雨を着たまふ磐梯のやま ・ふくしまのゆふべの空がかき抱(むだ)くかなかなのこゑ死者たちのこゑ ・モニタリングポスト埋もるる雪の朝われと生徒と白き息吐く ・大熊の梨うまかりき過去の助動詞「き」にて言はねばならぬなにゆゑ ・福島に生くるわれらをわらふならわらへわれらの土いろの空 |
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武富純一・第1歌集『鯨の祖先(くじらのそせん)』 2014年10月23日 ながらみ書房 2500円 ・「まぁええか」呟くほどにまたひとつ失うものが増えてゆきたり ・子の締めるペットボトルの栓きつくなり始めたり冷茶を注ぐ ・わが手より三歩駆け出し待っている自動改札茶色い切符 ・たそがれの電車の響きは繰り返す「なに言うてんねん、なに言うてんねん」 ・「入れてんか」半歩詰めては一人増ゆ梅田地下街立ち呑み串屋 |
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堀越照代・第2歌集『健やかであれ(すこやかであれ)』 2014年5月29日 ながらみ書房 2500円 ・お粥食み歩きて笑ひ時に泣く小さき命よ 健やかであれ ・をさな児の目線に添ひて屈み込む児もかがみこみ水仙を見る ・保険証も戸籍も名前も無き患者 看護師は抱く大事に大事に ・わが国の国旗を足蹴にする人よ 八十一年前のかなしみに会ふ ・来年は見ることできぬとアパートに男は見上ぐ隣家の鯉のぼり |
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森屋めぐみ・第1歌集『猫の耳(ねこのみみ)』 2014年2月22日 ながらみ書房 2500円 ・部屋の隅に離れて眠る猫の耳ときどき我を確かめている ・柔らかく白き腕(かいな)に抱かれて空豆は眠る明日は母の日 ・夏帯に蜻蛉を一匹止まらせて心にぴしりと銀の読点 ・雨粒の音だけを傘の内側に満たして歩くいつしかひとり ・端無くも幽明界を異にして父と真昼の雨を見ている |
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2013年 | |
山本枝里子・第2歌集『渦のとびら(うずのとびら)』 2013年7月3日 ながらみ書房 2500円 ・きららかに春のひかりを照りかへし内部の渦をみせぬ海峡 ・風を吸ひ雨を吸ひこむ木々たちが人を吸ひこみたい夜である ・木の我慢、土の我慢をおもひをり庭に欅を移したあとに ・冬の枝にぶらさがりゐる水玉の落ちざるちから思へ思はむ ・夜更けまで手を握りをり離したらあの世へいつてしまひさうな父 |
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藤島秀憲・第2歌集『すずめ』 2013年4月18日 短歌研究社 2000円 ・もうみんな大人の顔つき体つき冬のすずめに子供はおらず ・乗り越して見知らぬ町に来たような父の八十五回目の冬 ・鳥籠に小鳥のいない十二年 父の記憶を母は去りたり ・お手玉になった気分でとびはねる雀よ ぼくにも好きな人がいる ・みぞれふる菊坂われに肉親と呼べるひとりもなくみぞれふる |
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2012年 | |
小木曽友、沢木あや子・歌文集『啄木と昴とアジア(たくぼ
くとすばるとアジア)』 2012年12月3日 ブイツーソリューション社 1200円 ・河の面に花は流れて低く激しくラビ・シャンカールのシタール響く ・みすずかる信濃まほろば海ノ口 海尻 小海 海瀬恋おしも ・おどろきは遠き時空を駆け来り アブサン強き春の酩酊 /沢木あや子 ・来月はよくなるからと見舞客みな断りてわれはすべなし ・生ビールまず正面に置きてのち威儀を正して飲む人を見き /小木曽友 |
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長嶺元久・第1歌集『カルテ棚(カルテだな)』 2012年11月10日 ながらみ書房 2600円 ・診療のはじめに交はす「こんにちは」そに病む人の塩梅を知る ・「わたくしを診た医者はみな死にました」宣らす翁を畏みて診る ・カルテ棚逝きたる人と生ける者薄きボードに仕切られてをり ・チラーヂンSを造れる工場の稼働止みたり震災の後に ・妻といふ地に生まれたり山越えて肥後に隈府(わいふ)といふ地名あり |
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山口明子・第1歌集『さくらあやふく』 2012年8月11日 ながらみ書房 2500円 ・本箱が本を吐き出す部屋の中化粧水濃く瞬時ににほふ ・使ふ時来たかと夫の持ち出せるウェディングキャンドル余震に揺るる ・歌ひつつ子らと歩きし海の町 がれきにしづみ重機行き交ふ ・カーナビは知人の宅を不意に告ぐ がれきのみなる道走るとき ・星空をひるがへしつつ被災地の獅子頭舞ふ激しくながく |
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足立晶 子・第4歌集『ひよんの実(ひょんのみ)』 2012年7月2日 ながらみ書房 2400円 ・こちら側の町まで来たりあちらから見てゐるわれに手を振つてみる ・もう蛙鳴きはじめてる鳴き声は夜をこちらへこちらへ転がす ・かはいい声聞けるだらうか「りんご課」の電話番号赤く記さる ・落ちてゆく椿を待つてゐるやうな昼の半月なかぞらにあり ・極楽の余り風吹くうとうとを覚めたるわれも何かの余り |
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鵜沢梢・第2歌集『シヌック・雪食う風(シヌック・ゆきく
うかぜ)』 2012年3月3日 短歌研究社 2500円 ・シヌックはSnow Eater雪食う風びゅるるんびゅるると雪巻き上げる ・一日中吹き荒れる風激しくてぎしぎし気持も閉じこめられる ・幸綱の歌を英訳する午後に散水は淡く虹を立たしむ ・外国に住めど心はいつもいつも日本に向いてニュース見ている ・カナダにて朝のラジオに聴いている潘氏のスピーチ広島の蝉 |
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松本秀一・
第1歌集『男の子のやうに、日差しのやうに(をのこのやうに、ひざしのやうに)』 2012年3月2日 水仁舎 8000円 ・生きること此処(ここ)に在ること一本の日差しのやうに人に生まれて ・いつせいに鳥は飛びだし残される木の芽犇(ひし)めく昼の空かも ・余り苗ひとりで植ゑてゐる夕べ 水やはらかく土のしづまる ・おもむろに開きたる口近づけて、ああいちじくの果肉のうねり ・節分の豆の代はりに母の手にひとつふたつと卵のボーロ |
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横山未来子・第4歌集『金の雨(きんのあめ)』 2012年5月1日 短歌研究社 2800円 ・朝桜しろく群れあひかなしみは瞳の向かふ方にあるべし ・脚垂りて花より蜂の去りしのち日は翳りたりたちまちにして ・さびしさを歩む間もわが胸にありてひねもす雲を映すみづうみ ・いま雲をいづる月あり手の窪へ油は落つる速まりながら ・傘の中へ腕をさし入れひらきたり外界にわれは加はらむとし |
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2011年 | |
田中拓也・第3歌集『雲鳥(くもとり)』 2011年11月3日 ながらみ書房 2500円 ・さやさやと湧きて流るる恋瀬川 水面に映る朝雲の影 ・雲鳥のはためく夏の岬より八月の空澄み渡りたり ・鉄塔に映える夕陽が美しい百万回生きたねこがほほえむ ・言葉より心生れたり心より言葉生れたり 新月の夜 ・七十二名の命がじんと冷えてゆく体育館の暗闇の中 |
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岡田惠美子・第2歌集『隙(スリット)』 2011年8月24日 角川書店 2571円 ・さるすべりの散りぼふ紅(こう)のちりちりと苛つ心もすぼみてゆきぬ ・風のまま白萩の描(か)く曲線をくぐりひらひら 二つ蜆蝶 ・白き壺 薄暮の奥をはなげやり 艶消(マット)の白をうつすり照らし ・空もビルも夜霧にしづみ鈍色の界にひとり浮く非常階段 ・アスファルトを模造真珠の散りみだれ とりどりの靴踏み敷きて行く |
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森岡政子・第4歌集『クリスティーナと食べるマンゴー』 2011年8月22日 彩図社 410円 ・フィジカルな凹凸のみの艶(えん)ならず君のこころは優美な丘陵 ・Coldはさぶいと言うのさぶいさぶいドイツの人と下る坂道 ・内臓もズシンと揺れる音響にはるばる来た甲斐あったと思う ・サンフランシスコの朝のビル街の狭き空向け響くサックス ・「神様って怖いの?」隣の七歳の少年は聞く今日会った我に |
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須原隆彦・第1歌集『白森(しろもり)』 2011年7月15日 邑書林 2381円 ・まかがやく甲虫はうつろを秘めゐるといつくしみつつ少年のいふ ・白壁のもとにこごれる寒つばき日の入るときしあかの死にたる ・影うすく石に刻まれ小春日の風の冷ゆるに蝶の動かず ・尾を曳きて濡るる蛍火水の辺に夕の言葉を交はし始めつ ・影ひとつづつなくしつつ歩み入る深森の果て湖(うみ)のねむりを |
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加賀谷 実・第1歌集『海の揺籃(うみのようらん)』 2011年4月17日 ながらみ書房 2700円 ・暮れてゆく秋の日の海なつかしき我に解脱を説いたりはせず ・牡蠣鉄(かきがね)に牡蠣を剥がせば牡蠣の殻沈(しず)きて海に牡蠣の光(かげ)おく ・黒々と濡れて競り待つしじみ貝幼きものが手を結びいる ・鮟鱇の口中深く絶命の軽鴨汝は何を違えし ・月照らす男鹿の断崖(きりぎし)手を当てて眼閉ずれば侏羅(ジュラ)の海鳴る |
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2010
年 |
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大野道夫・第4歌集『夏母(なつぼ)』 2010年8月15日 短歌研究社 2500円 ・びんらでぃん 焦がし反してタタミイワシ生きてるどこかで反る びぃんらでぃん ・苺ゼリー崩していたりいやし系教師と呼ばれ癒されし昼を ・ 一年とはたとえば君が右から左へ薬指輪を嵌め換える円 ・爪切りが ない 通帳が ない 父さんが ない 母だけが い る 家 ・汐を打ち打ち寄せ崩るる夏の波に待ちたし遠く母を宿す君を |
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本田一弘・第2歌集『眉月集(びげつしふ)』 2010年6月1日 青磁社 2500円 ・いちにんを撰びしことはそのほかを撰ばざること春の雪ふる ・春の夜の闇はあやなし駐輪場の奥ゆ自転車の私語(ささやき)きこゆ ・生徒らと読みすすめゆく『夏の花』題名はさう平凡がいい ・生けるものは総て鳴くなり澄みとほる時間の瀧を秋と呼ぶなり ・たらちねの祖母をうしなふみづうみの肌を抱く新月の雪 |
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宮坂亨・第1歌集『〇一〇年安保(ぜろじゅうねんあん
ぽ)』 2010年5月31日 北溟社 2000円 ・海人(うみんちゅ)の「この海は殺さない」の旗を打つ北風が俺の左肩を押す ・銃を撃つ音激しくてこの星の回る音まで聞こえなくなる ・さだまさし暗いプロレス八百長の偏見との闘いが僕を育てた ・胸の内不安と不満で膨らんだ風船に満ち震えてる秋 ・君守るヒーローになりたい手袋や雨傘でなく剣でもなく |
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野原亜莉子・第1歌集『森の莓(もりのいちご)』 2010年2月14日 本阿弥書店 2500円 ・人形の眉美しく整ひて水鳥の羽(は)の静けさ思ふ ・からつぽの鳥かごひとつ出窓にて輪郭あはく光りはじめる ・風中をゆくとき声は遠退きて ねえ歩くのが少し速いよ ・髪と髪混ざり合ひつつ人形とあはき眠りに溺れてゆきぬ ・幽閉の王女を遠き友として屋根裏部屋のひとり遊びは |
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2009
年 |
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藏田道子『Rendezvous (らんでう”ー)』 2009年10月26日 ながらみ書房 2500円 ・鬼に名を呼ばれてハーイと嬉しげに出てきてしまう子のかくれんぼ ・川底の砂利をもとめて遡上する鮭ひしひしと水白くする ・三時四十分程の下がり眉われを見つむる夫のうからら ・知る限りの法外な値段つけられて砂場の砂の砂糖売られる ・柵に凭れわが乗る電車に手を振る子私も手を振るとおい昔に |
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藤島秀憲・第1歌集『二丁目通信(にちょうめつうしん)』 2009年9月28日 ながらみ書房 2625円 ・花の名をじゅうにひとえと知りてより咲けば近づく十二単に ・アララギの写真 茂吉と文明の間の人は「ひとりとばして」 ・どっしりとしているようでかんたんにころがりそうな母という文字 ・縁側の日差しの中に椎茸と父仰向けに乾きつつあり ・電柱の上で作業をする人が地上の人に蕎麦食う仕草 |
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2007
年 |
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横山未来子・第3歌集『花の線画(はなのせんが)』 2007年4月8日 青磁社 2500円 ・彫像の背を撫づるごとかなしみの輪郭のみをわれは知りしか ・白昼に覚めたる眼(まなこ)ひらきつつ舟の骨格を見わたすごとし ・やさしさを示し合ふことしかできぬ世ならむ壁に夕陽至りつ ・一日のなかば柘榴の黄葉のあかるさの辺に水飲み場みゆ ・わが生にひと度は来む天をあふぎ衣の胸を裂くほどの怒り |
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2006
年 |
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谷岡亜紀・第3歌集『闇市(やみいち)』 2006年8月15日 雁書館 2800円 ・夕月は避雷針の上に昇りたり大恐慌の前の東京 ・焼け焦げた香港ドルを差し出して思い出を買う男らばかり ・野良犬のおらぬ犬町犬捕りの男ばかりが過去をさまよう ・停電の大通りゆく人の群れ 風に吹かれて雨にぬれても ・空き缶を両手に捧げて人は唄う ここであそこで全ての場所で |
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黒岩剛仁・第2歌集『トリアージ』 2006年7月7日 ながらみ書房 2500円 ・猪を食いつつ飛び交う日向訛り坪谷の昼に牧水と飲む ・新幹線の窓より見ゆる道あまたその一つだに我は踏まざる ・自らが飛び降りんとする危うさに耐えつつ歩道橋を渡れり ・おぼろげな<未来>信じていたる頃川端康成自殺せし頃 ・前を行く女の尻見て昇る階段人生もまたこんなものかと |
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入野裕江・第1歌集『遊楽(ゆうらく)』 2006年4月25日 冬花社 2000円 ・雲海に鉄溶ける如き日の昇り 生(い)ずる瞬間シャッターの連音 ・頂上に立てば次なる山の峰わが眼前に魔の如く光(て)る ・石臼とコンピュータの同居する教室(へや)に学ぶも世紀の子らは ・ランドセルカバーの黄色くろずみて子らの笑顔に自信増しゆく ・「さよなら」の声にぎやかに響き合う昇降口を夕陽が飾る |
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2005年 |
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大 野道夫・第3歌集『春吾秋蝉(しゅんあしゅうせん)』 2005年12月8日 雁書館 2835円 ・鋳造(つく)りし人の情熱の芯教室(どくぼう)に転がり足枷は錆を噴きたり ・蛇が玉子抱くようにして思い出の一つ一つがつぶれゆく音 ・夏風邪に 腫れて 世界が 分速で 上りしビルが 崩るる 縦に ・図書館の段(きだ)を降りれば全集は崩るる才能の墓標のごとく ・閉園の鐘の音(ね)は鳴り東京へ二重に閉ざされてゆく麒麟たち |
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2004年 | |
田 中拓也・第2歌集 『直道(ひたちみち)』 2004年11月15日 本阿弥書店 2400円 ・しろがねの雨走り去り夕されば筑波は淡き霧纏いたり ・我は我の生を生きたし 垂直に降る東国の雨に打たれて ・みどりごを抱きたる浅き夢醒めて雪の香のする水を飲み干す ・海原の果てに生まるる群雲を父と見ており 父を見ており ・桂馬にはなれぬ一生の一瞬を貫く如き突風が吹く |
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2003年 |
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田 中徹尾・第1歌集『人定(じんてい)』 2003年11月16日 ながらみ書房 2500円 ・送致後の慰労の言葉少なめに上司はわれに鬼ころし注ぐ ・かてを得るために詭弁を吐きし夜はさそり座の赤南天をはう ・とまりたるようで確かに動きいる観覧車に似る中年は秋 ・くちを開けぼんやりとするひとときに気付く喜び湯船にもぐる ・いて鴨の凍てたるままに川に浮く川に浮くしかすべを知らねば |
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横 山未来子・第2歌集『水をひらく手(みずをひらくて)』 2003年1月9日 短歌研究社 2500円 ・逢ひしことの温度を永く保たむととざせり耳をまなこを喉を ・今日を待ち張りつめてゐし胸ならむ魚跳ねて水のひかり割れたり ・「好きだつた」と聞きし小説を夜半に読むひとつまなざしをわが内に置き ・泣くことに力集めて泣きしのち噛みしめぬままもの食みてをり ・手探りに歩むに疲れここからは来るなとふ強きこゑも欲りゐつ |
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2002年 |
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小 川真理子・第1歌集『母音梯形(トゥラぺーズ)』 2002年11月30日 河出書房新社 1500円 ・わが部屋へ君が来る夏、木々の名を記しただけの地図を渡さう ・オルゴールの蝶番外すがごとく君はわたしの唇に触る ・雨の名の乏しきフランスの雨よ、降るならばわが巡りに降れよ ・草枕 闇に眼鏡を探るときみづからの骨拾ふがごとし ・原石をひとりひとりに渡しゆく初日は[i](イ)といふ母音から |
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大 口玲子・第2歌集『東北(とうほく)』 2002年11月17日 雁書館 2800 円 ・せつなさをのぼりつめたる夜に聞く「鉄条網を切れ」と言ふ声 ・人生に付箋をはさむやうに逢ひまた次に逢ふまでの草の葉 ・死を言へば死の側に居ぬ我々の声まのびしてあかるむばかり ・肌脱ぎの樹木の力 今朝われは総雨量もてひと憎みをり ・蒼天に雲走りをり夏暁(なつあけ)は死ののちも鳥の声が聞きたし |
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黒 岩剛仁・第1歌集『天機(てんき)』 2002年8月19日 ながらみ書房 2700円 ・人はみな語りたくなき事ありて鳩死にている歩行者天国 ・公園で夜の電話をかけおれば今きわやかに一本の恋 ・降りる乗る満員電車の喧騒は祖国喪失者の存在理由(レーゾンデートル) ・駅そばによく名の変わるホテルありてひと月前の名思い出だせぬ ・未(いま)だ雨と呼ばれぬ時代の雨を恋うただ垂直に天降(あも)れる水を |